【疏水下り】
11月12日、「琵琶湖疏水通船復活」秋の試行事業が実施されることに伴い、産業観光部を所管する生活産業常任委員会の委員として、試行船に乗船させていただきました。
京都市上下水道局疏水事務所大津分所で注意事項等について説明を受けた後、ガイドの方が閘門の仕組みと役割について説明くださりました。
事前にインカムが配布されており、離れていても声がよく聞こえました。
第1トンネル東口付近に設けられた乗船場から蹴上へと出発しました。
伊藤博文・初代内閣総理大臣の揮ごうによる扁額には、千変万化する気象と風景の変化はすばらしいという意味を表す、「氣象萬千(きしょうばんせん)」という文字が記されています。
これほど間近に見る機会はありませんでしたので、ベネチア様式の美しさに感動を覚えました!!
試行船には、船舶操縦士とガイドの方を含めて8名が乗船しました。
ゆったりと座ることができ、揺れることもなく安定していました。
ちなみに、屋根付きとなっているのは、京都市疏水運河条例の定めによるものです。
トンネルの中の様子。
船の明かりで暗さを感じることはありませんでした。
写真は第2トンネルの西口。
西郷従道の揮ごうによる扁額には、山にそって行くと水源にたどりつくという意味を表す、「隨山到水源(やまにしたがいすいげんにいたる)」という文字が記されています。
第3トンネル東口の手前には、日本で初めて施工された鉄筋コンクリート橋が架けられています。
石碑に記された「本邦最初鐵筋混凝土(コンクリート)橋」という表記に歴史を感じました。
最後に通過した第3トンネル西口については、出発した第1トンネル東口と同じ様式であり、三條實美の揮ごうによる「美哉山河(うるわしきかなさんが)」と書かれた扁額が掲げられれいます。
また、隣接する旧九条山浄水場(御所防火用水道)ポンプ室は、琵琶湖から流れてくる水を防火用水として京都御所へ送るために整備された施設であり、明治期を代表する建築家・片山東熊(かたやま とうくま)が設計されました。
この方は工部大学校(東京大学工学部の前身)にてジョサイア・コンドルに学ばれ、 国宝に指定されている迎賓館赤坂離宮の設計者としても知られています。
下船後はインクライン跡を歩いて蹴上駅へと向かいました。
当日は天気も良く、市街地を一望することが出来ました!!
乗船させていただき、あらためて感じたことを書き留めます。
①「大津⇒京都」への通船に限定されるものなのか!?観光施策に及ぼす影響も大きいことから、琵琶湖疏水船下り実行委員会における検討を注視してまいります。
②通船事業の実現に向け、京都市側から財政上の負担を求められていますが、担当課レベルの協議では結論が出せないと考えます。会計上の課題もあることから、庁議を十分に重ねていただきたいと考えます。
③前便に京都府知事が乗船されていましたが、課題や情報の共有を図る上においても、琵琶湖を管理する滋賀県とは連携を強化する必要があります。
④上記写真は琵琶湖疏水に近接する京阪三井寺駅前の様子。錆びついた看板が設置されていますが、来訪者に対する案内が不十分です。担当課にはお伝えしてありますので、改善が図られることに期待をするものです。
⑤秋の試行事業に先立ち、琵琶湖疏水周遊MAPを作成されました。大変見やすく、その出来栄えを高く評価するものですが、作成に要した予算が執行されるまでの経過については、残念ながら評価に値しません。詳しくは後日、あらためて掲載させていただきます。